マザー・テレサの瞳
 

                             茨城のり子

マザー・テレサの瞳は
時に
猛禽類のように鋭く怖いようだった
マザー・テレサの瞳は
時に
やさしさの極北を示してもいた
二つの異なるものが融けあって
妖しい光を湛えていた
静かなる狂とでも呼びたいもの
静かなる狂なくして
インドでの徒労に近い献身が果たせただろうか
マザー・テレサの瞳は
クリスチャンでもない私のどこかに棲みついて
じっとこちらを凝視したり
またたいたりして
中途半端なやさしさを撃ってくる!

鷹の眼は見抜いた
日本は貧しい国であると
慈愛の眼は救いあげた
垢だらけの瀕死の病人を
ーなぜこんなことをしてくれるのですか
ーあなたを愛しているからですよ
愛しているという一語の錨のような重たさ

自分を無にすることができれば
かくも豊穣なものがなだれこむのか
さらに無限に豊穣なものをあふれさせることができるのか
こちらは逆立ちしてもできっこないので
呆然となる

たった二枚のサリーを洗いつつ
取っかえ引っかえ着て
顔には深い皺を刻み
背丈は縮んでしまったけれど
八十六歳の老女はまたなく美しかった
二十世紀の逆説を生き抜いた生涯

外科手術の必要な者に
ただ包帯を巻いて歩いただけと批判する人は
知らないのだ
瀕死の病人をひたすら撫でさするだけの
慰藉の意味を
死にゆくひとのかたわらにただ寄り添って
手を握りつづけることの意味を

ー言葉が多すぎます
といって1997年
その人は去った

           筑摩書房「倚りかからず」より

 

受容・・・・マザーのためにあることば・・
富豪がマザーのために高級車を喜捨すると
大変喜んで受け取り、即座に右から左に売り飛ばし
貧しいものたちの食べ物や医療品に替えたと言う・・
魂が神とともにあることでとても強い人だったのだろう


背景画像は「明治村」で撮った教会のステンドグラスを使いました