生ましめんかな

ー原子爆弾秘話ー
                                         栗原貞子


こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地下の地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です、私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。

生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

                               童話屋「ポケット詩集」より

私が生まれるほんの5年前にこの国では
自慢にもならぬ「世界唯一の被爆国」という洗礼を受けた
なんど読んでも涙があふれて止まらない・・